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グループ1からです。

  • 2008/08/29(金) 14:55:55

では、グループ1からの「日本語科を専攻した理由」について紹介します。
最初はテェーンさんからです。


高校生の時には、歴史や地理、政治、統治について興味があり、タイだけでなく、世界史にも興味があった。
特に、先生が様々な歴史と国々の政治を語った話を聞くのが好きだっった。その時代に遊びに行くような感じがして、面白かった。
したがって、大学生になったら、政治学部を選ぶつもりだった。
 
私が高校生の時には、入学試験を受けることが大事だから、最もストレスのある期間だったと思う。
タイの教育制度によって、全国にどの大学でも自分の習いたい学部が4学部選べるようになった。
タマサート大学はタイの大学ランクの上位5位に入っており、法律と政治について有名だとよく知られている。
故に、是非そこで勉強したいと思った。
試験の時、大勢の学生が受けたが、試験は難しく、私も受からなかった。
合格しなかった事はめずらしい事ではないと思う。
入学試験を受けているとき、母が
「卒業した後、何になりたいか。」
と聞いた。
私は全然質問に答えられない。
母は話続け、
「女の町長になりたいが、私達は普通な人だから、上流階級になる力がない。」
と言った。
母が話した後に何回も考えて、自分にあった新しい道の方で良いと思うことを探した。
家族を手伝いたいために、お金を貯めるなどのために、私は日本語を勉強することになった。その時、将来の職業は何をするのかわからなかった。
父が働いている会社に通訳の仕事として入れば、給料も良く、それに上手になれば、日本に行くこともできるかもしれない。兄も賛成だった。
 
そして、私はラカバンで日本語科専攻を選んで、勉強することになった。
兄と一緒に住んでいる。
田舎へ帰る度に、父に日常会話の必要な日本語を教えてあげたりしている。
私は幸せで、誇りに思う感じがして、日本語を勉強することはきっと間違っていなかったと思う。
否ア


日本語科を専攻したきっかけは実は(本当には)、それほど大切ではないのだと思いますよ。
専攻した後に、どのように頑張れるか、がもっと重要なことですから、
きっとテェーンさんが頑張っているから、そう思えるようになったんでしょうね。

では、次にウィットさんからの作文を紹介します。


 多くの人は自分のしたくない事をしようと決めたことがあるかもしれない。
ある人はそのことをし続けるのを選んだ。
しかし、ある人は自分のしたいことをするために、変わるのを選んだ。
私は後者の変わるのを選んだ人である。
 
 初めの大学入試の時、私の周りの人は
「どうして工学部で勉強することに決めたか。」
 と聞いた。
自分に聞いてみると、答えが分からなかった。
その時、工学部で勉強したくないと分かったのに、タマサート大学の工学部で勉強した。
初めの学期が終わると、もう一度大学入試をしてみるために、勉強し続けないことに決めた。
やっと言葉について勉強したいか分かった。

 勉強したい言葉がたくさんあるので、何の言葉を勉強した方が良いのかと考えた。
姉は
「高校生の時、あなたは日本語を勉強したかったではないか、なぜ日本語科で勉強しないのか」
と聞くと、高校生の時、日本語を勉強したかった気持ちが蘇った。
だから日本語科で勉強することに決めた。
将来

 
 実は日本語を勉強したいことは一つの忘れてしまった夢のようだった。
しかし、姉のおかげで、私は夢のとおりにできた。 
卒業してから、何をしたいかまだ分からなかったが、確かに日本語を勉強し続けようと思っている。
みなさんは今したことができているか。
みんなは忘れてしまった夢があるか。
自分の夢のとおりにすることは良いことではないだろうか。

人生に正しい答えはないですね。
ただ思うとおりに進めばいいんです。
そこで、もし自分でまた違うと思えば、少し道を変えればいい。
ただそれだけなのです。大丈夫。みんなはきっと頑張れます。


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グループ2からです。

  • 2008/08/24(日) 19:03:08

今回の作文は、日本語の専攻理由です。
どうしてタイの学生が日本語科を専攻したのかということについて
詳しく見ていきたいと思います。

最初はピックさんからです。


今、私は「KMITL」の日本語科の学生だ。
それぞれの人は日本語を勉強する理由がある。
ある人は日本の歌が歌えるようになりたいとか、日本の漫画が読めるようになりたいとかという理由だ。
この作文では、私の日本語を勉強する理由について書く。

 初めて日本語を勉強したのは小学校の5年生の時だ。
私の先生は姉だ。
姉は日本語クラブのメンバーになったので、日本の歌が歌える。
だから、私に日本の歌を教えてくれた。
それから、私は日本語がだんだん好きになっていた。
小学校の6年生の時、タイでは「Asian Game」という大会が開かれた。
その時、日本の選手もこの大会に参加した。
ある日、私はニュースを見た時、私はこの選手が好きになった。
彼は日本の水泳選手だ。
この選手にインタビューした司会者は日本語が話せた。
アナウンサー

私は司会者がうらやましくなった。
だから、私は日本語を勉強したいと思った。
中学生になると、私は日本語のクラブに参加した。
日本語を勉強するのはおもしろかった。
しかし、日本語を教える先生がいなかったので、このクラブは休業してしまった。
その後、日本語クラブは活動しなかった。
だから、私は1年しか日本語を勉強しなかった。
高校生の時、私は勉強し日本語を忘れてしまった。
その時、私は看護婦になりたかった。
しかし、私は看護婦になれなかった。血が怖いからだ。
そして、もう一度考え、ついに日本語を勉強したいのが分かった。

 今、4年ほど日本語を勉強している。
難しくても、楽しい。
来年、私は卒業しても、日本語の勉強を続けても勉強を続けようと思っている。

ピックさんは、小学校から考えていたんですね。
TVでの選手について、日本語クラブについてのエピソードを書いているので、
とてもわかりやすいです。
初めて教わった(おそわった)先生がお姉さんだなんて、とても思い出深い話ですね。

次はビウさんからです。


高校生の時、私はフランス語を勉強した。
私はフランス語をかなりうまく話せたが、好きではなかった。
大学に入る前に私は外国語を勉強したいと思った。

「なぜKMTILで日本語を専攻したのか?」と聞いたら、私は様々な理由がある。
一番の理由は両親からだ。
私の両親は日本に行ったことがあるので、日本は非常に発展している国である。
そして両親は私に日本語を勉強して欲しいと言った。
 次の理由として、他の言語に比べて、日本語を勉強する人が少ししかいなくて、就職しやすいので、私は日本語の勉強を選んだ。
三年前、日本語を勉強し始めた時、私は日本語を勉強したことがないので、日本語について全然分からなかった。
1年生の時は、日本語を勉強する気にならなかった。
少しも好きで勉強したわけではなかったので、勉強することについて両親と相談した。
両親と私の間では意見の相違があった。
私は英語を勉強したいが、私の両親は私が日本語を勉強できると確信した。
私は自分の考えを反省した。
これから、私は一生懸命勉強したら、いつか日本語を話せるようになると思った。

nihonngo global


 3年前に比べて、今まで私は一層勉強するようになった。
結局、私は日本語が勉強ように、決して努力は捨てない。
だれにでも欠点がある。
自分の欠点を直す方がいいと思う。

4年間の間にいろいろと悩むことがあったようですね。
今はとても日本語が上手になりました。
4年生はみんな努力しています。
卒業までもう少しです。がんばりましょうね。




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